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(物語)映画版ジャイアンができるまで

「おぃのび太!漫画買ってこいよ!」

「わ、わかったよジャイアン、、」

「明日の学校で朝一番におれに渡せ。いいな?遅刻でもなんでもしてみろ。そのときは、、、」

「ひ、ひい!」

そう言ってのび太は商店街に駆けていった。この光景も何度目だろう。放課後にのび太を捕まえ、パシらせる。走っていくのび太の背中はあまりにも小さい。ポケットにはなけなしの小遣いがあるのだろう。信じてくれないと思うけどさ、

「おれ、おれさ、本当はこんなことしたいわけじゃないんだ、、」

涙が出てくる。らしくない。そう、らしくないんだ。さっさとおれも帰ろう。

 

自室の扉を開けて、掛け布団も敷布団もぐちゃぐちゃのベットに倒れ込む。おれの家は昔から変わらない。古臭い建物で、朝から母ちゃんが大声を張り上げている。妹は生まれたときから図々しい。でも、おれは変わった。変わってしまった。たぶんおれは、人の気持ちを考えられるようになったんだと思う。いつからこんなに変わったのか分からないけど、家族にこんなこと言えるわけもない。だっておれはジャイアンだから。自室に1人でいるとき、この瞬間だけが、おれが本当におれになれる時間なんだ。おれがジャイアンでいるためには、のび太をいじめる乱暴な人間でなくてはならない。そういうイメージを周りが持っているのだから、もうおれは、その周りが囲った柵の内側でしか動くことを許されない、そんな感情がおれの頭からずっと離れないんだ。また涙。最近よく泣いてしまう。苦しいことがあれば幸せなこともあるってよく言うけど、おれの場合は違う。苦しさだけがおれの人生をつくりあげている。周囲のイメージとの食い違いに苦しまなければ、おれは本当の自分を失ってしまう。おれは苦しまなきゃいけないんだ。昔は確かに、楽しかったからのび太をいじめてた。弱かったから。殴り返してこなかったから。おれはばかだった。会うたびに腕を振られて、のび太はどんな世界を生きていたのだろう。今のおれみたいに、苦しみだけの人生だったのだろうか。だとすれば、のび太はずっと長い間この苦しみに耐えていたんだ。苦しみの原因は違えど、苦しんで、涙することに変わりはないはずだ。もういっそ、おれは自分を捨ててしまった方が楽になれるんじゃないか。ジャイアンとして、いじめっ子として生きることに決めてしまえば、おれは楽になれる、、

「ばかやろう!!おれのばか!!」

もうなにもしたくない。ごめん、のび太。ごめん、ごめん、ごめん。

おれは耐えられそうにないよ。こうやって気がおかしくなるくらい苦しむのに、明日にはまた、おれはみんなの前ではジャイアンでいなきゃいけない。のび太。最後にお前の苦しみの元を消してやる。おれはお前をいじめてばかりだった。でも、なにかお前にしてやれることがあるとすれば、それはこういうことだと思う。ドラえもんからこっそり盗んだ「人格変更装置」これを使えば、もうおれはおれじゃなくなる。いまここで苦しんでいる本当のおれも、どこかに消えてしまうだろう。でも、これは罰なんだ。こんなおれを許してくれ。頼む。いい人になるからさ。

「許してくれ、、、」

 

 

 

 

次回「光源氏、デートをする」