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(考察)慣性の法則と恋愛について

今週のお題「おうち時間2021」
おうち時間は場所いらずお金いらずの「考察」がおすすめです。


慣性の法則というのは、ご存知のように動いているものは動き続け、静止しているものは静止し続けるという物理法則である。

こういった法則を、我々人間自身の考察に抽象的に適用するという試みは、どの分野でも行われる。ある物理学者は量子力学から人間の記憶の定着を考察したりする。私は本稿で、その適用先を人間の素性に向けるのは間違い無いのだが、物理学者は「恋愛」なんてものに適用する気はないだろう。それならば、私が考察しよう、という次第なのである。

また、この法則を何がしに適用するにあたって示唆的なのは、動かすには莫大なエネルギーが必要であるということである。

私はまず、このように適用した。
「1度付き合う経験をするとその後も何度も付き合い続け、付き合ったことがないとその後も付き合うことはない」

相手が同一人物かどうかは関係なく、付き合うという行為自体の話である。割と荒い感じで適用したものの、やはり付き合うという行為には勇気とか根気が必要である。そういったことを経験したらば、やはり次の付き合うという行為の時にも、それらは出るものである。という理屈付けができる。

私はこれは良い考えだと思い、付き合うという行為に達者な友人2人にこの慣性の法則と上記の関係について語ってみた。結果、2人とも口を揃えて「それはない」と言う。とどのつまり、理論はあっさり負たのである。そもそも、総合的に付き合える人が付き合い、そうでない人は付き合えないというのが真実であろう。総合的に付き合えるのだから、破局してもまた彼らが付き合えるというのは至極真っ当なことである。

悔しかったので、次はこのように適用してみた。
「好きになると好きでいつづけて、なんとも思っていなければその後もなんとも思わない。」

これは適用もなにもほとんど疑う余地のないことである。好きでいつづけるということの意味は、慣性の法則に基づき味気なく言えば、惰性で好きであるという表現ができる。そして、ここからがこの法則の考察しがいのあるところである。惰性や慣性というからには、初めに莫大なエネルギーを要するのであり、そしてしばらく軌道に乗るまで通常以上のエネルギーを加える必要がある。それはいったいどのくらいの時間なのだろうか。要するに、電車が動き始め、速度が安定するまでの時間というのは、人間の恋愛に当てはめた時、どのくらいの期間のことを指すのだろうか、ということである。

おそらくそれは、私の仮説だが、男性の場合3年で、女性の場合は分からない。私の持ち得ているものからは、女性の場合の期間を推測をすることはできなかった。男性は3年思いつづけ、その後の峠(のちに言及)を越えれば、おそらく安定する。

次に述べることは科学的見地からも言われていることなのだが、男性の相手への恋愛感情に関するホルモンの放出は、どうやら3年で切れるらしい。そして面白いのが、そこで一度別の相手に対してそのホルモンを放出させ、またはじめの相手に戻ってくると、その相手に対してまた3年、ホルモンが出るということである。この理由は、単純に言えば生物に仕込まれた子孫繁栄の因果である。 (ここでは詳しく述べないので、知りたい人は調べてみることを勧める。)3年目の浮気、なんで表現をするが、これはまさに真実であったのだ。それゆえ、その浮気衝動(峠)を越えれば、安定するだろうと。

確かに峠を越えると、その相手に対してホルモンが放出されないのは事実である。しかし、慣性の法則を適用するのならば、この先に別のホルモンが放出される可能性を提示する必要があるのだ。すなわちロマンチックに言えば、愛の存在証明であり、現実的に言えば、恋愛の惰性で我々は結婚やら家族生活を送っている。ということである。

2つの適用を行ってみたが、どのように適用するにせよ、慣性の法則は決して悪いものではない。物体と状態とはほとんど同値であり、ある状態であることが、ある物質があるということである。例えば、我々や周囲の物体を分解しきれば、そこには素粒子しか存在しない。であれば、我々とコップ、我々と空気、これらは同じものと言っていいこととなってしまう。我々が我々であるには、ある状態を保っていなければならないのである。慣性の法則というのは、その恒常性という必須の法則の一種なのだ。惰性で結婚とか家族生活とかいうのはさして重要ではなく、本質的にはそのどれかに属しているかということが、私やあなたを自己たらしめるのである。

次回
(考察)宇宙人は存在するのか