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(物語)広島アステロイド 1

気分がすこぶる悪い。今日が一限目から授業があると昨日知っていればと、太陽の明るさに理不尽にイラつく。寝て起きては吐いて、また寝て夢で吐くという悪夜を過ごし、もう酒はやめようと思う。ところがまた半年後には忘れたいことがあれば、いやむしろ忘れたいことにかこつけて体が酒を欲し始めるのだろうと、思うだけでも気持ちはより一層沈むのである。

 

 

ワイルドな車の排気音が聞こえる。

「おうい、昨晩は寝れたか。」

赤色の派手なオープンカーが歩道に寄せてくる。松井である。

「寝れるか。」

八つ当たり気味の朝の第一声。彼の身なりは相変わらずである。オールバックに洒落た腰チェーンをつけ、下はジーンズ、上は赤色ベースに白いどくろの描かれたTシャツを着ているのだから、誰の目からもいわゆるそのような人であることは自明だろう。光沢のあるその乗り物は僕を覆うように大学構内にゆっくり曲がって入っていく。彼はちょっとそこで待ってろとでも言いたげなウインクをかましてきたが、待つ義理もなく理学部棟へ足を進める。女は彼を前髪殺しと呼んでいる。デートにも彼は自慢のオープンカーで迎えに来るそうだ。男から見れば何か悪いのかと不思議だったが、どうやら女は走行中の風でセットした前髪が崩れるのを恐れているらしい。僕にはなるほど確かにそうだと、想像もつかなかった理由に喜びさえ覚えた。ちなみにこの話は彼の一番新しい元彼女から聞いた話である。ある日その女は爪を切ったからあいつに食べさせろと、フラれた恨み晴らしの協力を僕にさせようとしに来たことがある。僕にはそんなことはできず、取り合えず当たり障りのないあいずちを繰り返していると、今度は愚痴が止まらぬ止まらぬ挙句僕の悪口までいう始末であった。他の女がどんな人間かは知らないが、あの女に限っては松井とお互い様なんだろう。

「おいていくんかいな。」

「駐車場は空いていたか。」

「一限目だからな。空いていなくとも、その辺にとめるさ。」

そう言って松井はヘラヘラ笑う。

 

 

「おはよ!」

甲高い声は朝から聞くにはつらいものがある。僕は松井がぎょっとしたのを見逃さなかった。

「萌香、おはよう。朝起きれてよかったな。」

萌香はこの大学の天然四天王の一人である。萌香だけでも強烈に周囲をかき乱してくれるのだが、もう三人もいるとなるとこの大学はもう閉鎖するのがよいのだろう。加えて、萌香は僕らと同じく理学部化学科に在籍している。いつ硫酸をまき散らすのだろうかと笑えぬ不安がよぎってならないのだ。なにか話題を振ろうと思ったその頃には、もう萌香はすでにほかの友達のところに行ってしまっていた。ふらふらと危ない子である。さて、松井であるが、萌香と何かあったのだろうか。

「萌香は何人前の彼女だ?」

松井は少しうつむいたまま沈黙していたが、調子づけるように喉を鳴らして、口を開けた。

「苦手なんだ。」

なるほど女好きとは言えども彼にも好みはあるらしい。

「かわいい子じゃないか。」

松井はあいかわらずうつむいたままであった。触れぬべき松井のふところなのだろう。しかしオープンな彼にそんな理性的な人間味が残っていたとは思うほかであった。理学部棟の門は中華のようなデザインのされた直径1メートルほどの円盤の推し手がついている。竜やらなにやらが描かれているが、なぜ理学部にあるのかは謎である。扉を押し開けて階段を上っている間、彼はまだうつむいていた。何かを思い出しているのだろうか。おそらく、触れない方がいいのだろう。

 

 

つづく