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(物語)もしも光源氏が高校生だったら(1/2)

「ビビー、ビビー」
目覚まし時計が鳴る。布団からすらりとした白い手を伸ばす。すっと体を起こし、静かにあくびをする。起きぬけだというのに、この目は鋭く、それでいて妖艶である。恋のどん底に落とした女性は数知れず、誰もそこから這い上がることはできない。無意識だ。僕の無意識が、そうさせるのだ。朝日が差し込んでいる。ツーブロの髪をかきあげると、この美しい黒い髪が光を反射させる。ああ僕は光源氏
「今日は、、2月14日。バレンタインデーか。」
僕はこの日が嫌いだ。帰りの荷物が重くなるからね。階段を駆け下りると、朝食の用意はもう出来ていた。母は私に気づくと、何やらキッチンで物探しを始める。
「光。今日はこれを持って行きなさい。」
母はなんでも入りそうな白い大きな袋を僕に押し付けた。僕が呆気にとられていると母は、
「去年みたいな事になるのはもう勘弁なのよ。学校まで車で向かいに行くのほんと大変だったんだから。おまけに車もチョコくさくなるし、ちょっとは自粛しなさいよ。」
「僕に文句言われても困るよ。」
こっちだって好きでチョコもらってるわけじゃないのに。母はいつもいちいちねちっこいことを言う。まあ確かに持ち帰るのは大変だったけど。今日の朝食はサンドイッチ。三日に一回はサンドイッチだ。
「いただきます。」
でもそれだけじゃない。1つ1つ包装を剥がすのも結構骨が折れる。愛のこもった包装なんだろうけどさ。去年なんか途中で剥がすのが面倒になってきて、2、3個ずつそのままミキサーに入れて包装ごとチョコジュースにしたのはいい思い出だ。
「ごちそうさま。」
早々と身支度に取り掛かる。僕の学校は工業高校の割に私服制だ。ほんと、制服が茶色じゃなかったら毎年地獄を見ていたね。伝統行事、チョコ合戦だ。僕の学校のモテ男子、もちろん僕も含め、友人の藤原道長、そして学校きっての秀才、平将門。この3人が放課後に女生徒に囲まれ、チョコを投げつけられるというひどい風習だ。もちろん拾って投げ返していいことにはなってるんだけど、レディーを傷つける訳にはいかない。まあ道長は喜んで投げるだろうけど。将門は、去年はカッパを着ていたかな。意外とこういうのを楽しむタイプではある。僕の同級生の女生徒、紫が最初に企画したらしいが、僕にとってはいい迷惑だ。
「いってきまーす。」
茶色のコートとマフラー、そして手袋。何度も洗濯したはずだが、ほのかに去年のチョコの匂いがする。やはりまだ肌寒いな。寒いとなんだが歩幅が小さくなる。通行人はいつものように僕をチラチラと見る。これだけはどうしても慣れない。気づいたら女性と関係を持っていても気負いはしないが、ジロジロ周りから見られるのはあんまりいい心地がしない。しかし、いつもは見惚れるような目をするのだが、一体どうしたのだろう、今日は驚いた表情をしている。身なりを確認すると、右手に例の大きな白い袋を持っている事に気づいた。ああ、これか。確かに驚くのも無理はない。まるで季節外れのサンタクロースだ。どうせなら、と肩に担いでみる。なんだか逆に清々しい。サンタのまま歩いていき、60°くらいの曲がり道にさしかかる。左に曲がるのだが、右からの道との合流地点でもあり、3つの道が集う場所なのだ。僕はこの角が好きだ。近代的な都市計画が功を奏したのか、この近くは直線の道ばかりだ。だから、ここに立ってみると3つの方向へまっすぐ向こうを見渡すことができるんだ。特にこの時間の右側の道。朝日がこの道を通り抜ける。美しい、、が、少し邪魔者がいるようだ。逆光のなか、僕の方に猛烈に走ってくるやつがいる。
「おはよーう!!今日は何個もらえそうだ?光!」
道長だ。相変わらず元気なやつだ。僕の方がチョコをもらえるのを嫉妬して、今年は開き直る作戦のようだ。
「おはよう。僕のチョコ処理担当。」
「言ってくれるねー。悪いけど今年は俺様自信あるんだぜ?」
こいつはいつもこうだ。元気なことはいいことだが、いちいちうるさい。
「おいおいところでお前さんよ、そのばかデカい袋はなんだい?」
「分かるだろ。“入れ物”さ。」
なんとなく予想はついていそうだったが、一応事情を説明しておく。そのついでに母の余計な一言が多いとか、道長の今年の自信の源などを話題にし、程なくして僕らは学校に着いた。まずは第一関門。下駄箱だ。
「おい道長、この袋を持って構えていてくれ。僕は下駄箱を開ける。」
「任せな!さて、お手並み拝見だな。」
道長が袋を目一杯に広げ、僕の下駄箱のすぐ下で備えるのを確認すると、僕は下駄箱にゆっくりと手をかける。
「いくぞ、、、」
「ああ、、、、、」
次の瞬間僕は勢いよく下駄箱を開けた。



「なにも、、ない、、、」
僕の思考は完全に停止した。なぜ?なぜない?そんなことがあり得るのか?この僕が、チョコを1つももらえないだと、、?
「お、お前」
道長もさすがに驚きを隠せない様子だ。それもそのはず。だってチョコがないのだから。僕もなにも言わないが、道長もなにも言わない。こいつはお調子者ではあるが、優しいやつだ。時折気を使うべきかふざけるべきか迷うそぶりを見せるのだが、今回に限っては振りきって気を使うべきだと悟ったのだろう。道長は沈黙を破った。
「これはまだ、序の口だろ?ほら、机の横とか机の中とか、、、ああそうだ!直接もらえることだってあるじゃないか!それに、下駄箱ってやっぱ汚いだろ?そんなとこに入れたら台無しになっちまう!」
「あ、ああ、そうだよな。それに、仮に今年1つももらえなかったとしても、僕にとってはそれが1番嬉しいんだ。ああ、良かった。」
変に前向きな雰囲気のまま、僕らの教室である3年B組に向かう。順当に道長の下駄箱に2つチョコが入っていたことが腹立たしいが、僕に気を使ってくれたのか、あまり嬉しそうにしなかった道長を責め立てる気にはなれない。本来ならば第二関門である教室に入った瞬間、をこれほどの緊張感で迎えたことは、僕には未だかつてなかった。
「先に入れよ。」
道長が目でそんなそぶりを見せた。
「それじゃあ、いくよ。」


「ガラガラガラ」
僕は胸の高まりを感じながら、慎重に教室の戸を開けた。

つづく